青森地方裁判所 昭和33年(ワ)259号 判決 1961年7月18日
原告
山内文一郎
外二名
被告
桜田利夫
外二名
主文
被告利夫、同鉄太郎は、連帯して、原告文一郎に対し、金二三〇、〇〇〇円に、原告晃一郎に対し、金七、三〇四円に、原告了介に対し、金四〇、〇〇〇円にそれぞれ昭和三三年一二月二四日以降完済まで年五分の割合による金員を付して支払え。
原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用中、原告らと被告キノとの間に生じたものは、原告らの負担とし、原告らとその余の被告らとの間に生じたものは、これを二分して、その一を原告ら、その余を右被告らの各負担とする。
事実
原告ら訴訟代理人は「一、被告利夫、同鉄太郎は、連帯して、原告文一郎に対し、金四一〇、五六九円七〇銭に、原告晃一郎に対し、金四二、三〇四円に、原告了介に対し、金一〇四、一九五円にそれぞれ昭和三三年一二月二四日以降完済まで年五分の割合による金員を付して支払え。二、原告らと被告キノとの間において、(一)被告利夫を売主、被告キノを買主として昭和三一年四月一日別紙目録第一記載の宅地につき、締結された売買契約を取り消す。(二)被告キノは、右宅地につき秋田地方法務局能代支局昭和三三年九月六日受付第三、〇二八号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。三、訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決及び右第一項に対する仮執行の宣言を求める旨申し立て、その請求原因として
「一、原告了介は、昭和三三年八月一六日午前八時二〇分ごろ小型自動四輪車(四は三一六六号)に原告文一郎、同晃一郎を乗車させ、これを運転して、青森市より能代市に向い進行中、能代市半戸沢七六番地先国道七号線路上の左廻りカーブを通過しようとした際、前方より疾走して来た被告鉄太郎の運転する自家用普通貨物自動車(秋第一す〇四三五号)に激突され、その結果、原告文一郎所有の右自動四輪車は前面機関部、運転台等を大破し、原告文一郎は、脳震盪症頭蓋骨亀裂、頭部裂創、右前膊及び腰打撲傷、原告晃一郎は、背部顔面擦過傷兼両下腿打撲傷、原告了介は、脳震盪症頭部顔面打撲及び裂創、右胸部腹部打撲(肝破裂)左大腿部打撲傷の各傷害を負つた。
右事故現場は、秋田市と青森市を結ぶ交通頻繁な国道路上で青森市方面に向い下り坂となつている見透し困難な右廻りカーブであつたうえ、更に、右貨物自動車にはフートブレーキが不完全で二度踏まなければ制動装置としての用をなさず、しかもブレーキが働けばハンドルが右にふれるという故障があつたから、かような場所でかような自動車を運転する者としては、特に右のような車の装置の不備に思いを致し、反対方向より進行して来る自動車がいつ進路前方に現れても直ちに停車してこれとの衝突を避け、又は安全にすれ違うことのできるよう充分に減速し、かつ左側通行を厳守して運転進行すべき注意義務があるというべく、それなのに被告鉄太郎(無免許運転者である)は、これを怠り、無謀にも約五〇キロメートルの速度で道路の中央よりやや右側を疾走して来たため、事故現場のカーブに差しかかる直前で反対方向より進行して来た前記自動四輪車が該カーブから現われ出たのに気付いた際、直ちに、急停車しようとして制動をかけたが、果さず、そのまま、更に右寄りにスリツプを続けて右自動四輪車に激突するに致つたもので、右は、明らかに前記注意義務違反による右被告の過失である。
ところで、被告利夫は、右貨物自動車を所有し土建資材販売業を営むものであり、被告鉄太郎は、運転手として被告利夫に雇われ、右自動車の運転に従事していたものであるが、本件事故は、被告利夫の被用者たる被告鉄太郎が右業務に従事中その過失によつて引き起したものであるから、被告鉄太郎は、直接の不法行為者として、また被告利夫は、その使用責任者として連帯して、原告らが右事故により被つた損害を賠償すべき義務がある。
しかして、原告らの被つた損害は、次のとおりである。即ち
(イ) 原告文一郎(明治三八年一〇月三一日生)は、前記負傷により事故発生後、直ちに能代市畠町追分二ノ二番地斎藤外科医院に収容され、同年九月八日まで入院し、同医院退院後も同月末日まで青森県南津軽郡浪岡町浪岡病院及び同町三浦接骨院に通院治療を受けたが、斎藤医院に対する入院治療費金二二、〇六三円は被告利夫において支払つたので,右原告は、その余の通院治療費合計金一〇、六四五円七〇銭(その内訳は浪岡病院へ金六、三四五円七〇銭、三浦接骨院へ四、三〇〇円)及び斎藤医院入院中の看護人付添費金八、四〇〇円を支出し、更に、右原告は、りんご、薪炭等のおろし及び小売業を営み毎日少くとも金二、五〇〇円の純益をあげていたところ、本件事故に遭遇したため同年八月一六日より同年一〇月末日まで止むなく休業するに致つたから、その間(七七日)に得べかりし利益金一九二、五〇〇円を喪失した。なお、右負傷により右原告の被つた精神的苦痛に対する慰謝料としては、金一二〇、〇〇〇円を以て相当とする。以上合計金三三一、五四五円七〇銭が右原告の負傷に伴う損害額であるが、これに対しては自動車損害賠償保障法に基き訴外日産火災海上保険株式会社から金一〇〇、〇〇〇円の賠償を得たので、その残損害額は金二三一、五四五円七〇銭となる。
更に、右原告所有の小型自動四輪車は、前記の如く大破し金二二九、〇二四円相当の損害を受けたが、これに対しては被告利夫から金五〇、〇〇〇円の支払を得たので、その残損害額は、金一七九、〇二四円である。
(ロ) 原告晃一郎(昭和六年六月一二日生)は、原告文一郎の長男で前記父の営業を手伝い、月金二〇、〇〇〇円の給料を父から得ていたものであるが、前記負傷により父同様直ちに斎藤医院に収容され、同年九月八日まで同医院に入院治療を受けその後も同年一〇月一五日まで休養を必要としたため、二ケ月間就業し得なかつた結果、その間の得べかりし給料金四〇、〇〇〇円を喪失し(斎藤医院に対する入院治療費金一、〇二〇円は被告利夫が支払つた)、また右負傷により精神的苦痛を受けたが、これに対する慰謝料は、金三〇、〇〇〇円を以て相当とする。以上合計金七〇、〇〇〇円が原告晃一郎の被つた損害額であるが、これに対しては前同様賠償保険金として金二七、六九六円の支払を得たので、その残損害額は、金四二、三〇四円となる。
(ハ) 原告了介(昭和一一年一月二八日生)は、前記負傷直後前記斎藤医院に収容され、同年九月八日まで入院、その後は同月末日迄前記浪岡病院に通院治療を受けたが、斎藤医院に対する入院治療費金二二、二二五円は、被告利夫において、支払つたので浪岡病院への通院治療費金三、七九五円を右原告が支出し、更に、右原告は、父たる原告文一郎の前記営業を手伝い、月金二〇、〇〇〇円の給料を父から得ていたものであるところ、右負傷の結果二ケ月半就業することができなかつたから、その間に得べかりし給料金五〇、〇〇〇円を喪失し、また右負傷により精神的苦痛を被つたが、これに対する慰謝料は金一二〇、〇〇〇円を以て相当とする。以上合計金一七三、七九五円が原告了介の被つた損害額であるが、これに対しては前同様賠償保険金として金六九、六〇〇円の支払を得たから、その残損害額は金一〇四、一九五円である。
よつて、原告ら三名は、それぞれ被告利夫、同鉄太郎に対し連帯して、右各残損害額に、本件訴状の右被告らに対する送達後である昭和三三年一二月二四日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を付加しての支払を求める。
二、前叙一記載の如く、原告らは、それぞれ被告利夫に対し、損害賠償債権を有するものであるが、右被告は、その唯一の財産たる別紙目録第一記載の宅地を昭和三一年四月一日付で被告キノに売渡し、同被告は同三三年九月六日秋田地方法務局能代支局受付第三、〇二八号を以て右売買による所有権移転登記を経由した。その結果、被告利夫は、無資産の状態となつたから右売買が原告らの各債権を害することは明らかであり、右被告は、このことを承知しながら、同じく悪意の妻たる被告キノに対し、あえて右のような譲渡行為に出たのである。
よつて、原告らは、それぞれ詐害行為取消権に基き、被告キノとの間において、右売買契約の取消及び右売買による所有権移転登記の抹消登記手続を求める。
以上の次第で本訴に及ぶ。」と陳述し、
被告らの抗弁事実を否認し「原告了介は、事故現場に差しかかる前、時速約二〇キロメートルに減速し、かつ道路の左端に寄つて運転したから、同原告に過失は存しない。」と述べた。(立証省略) 被告ら訴訟代理人は「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として
「請求原因一の事実中原告ら主張の日時場所においてその主張の小型自動四輪車と普通貨物自動車との衝突事故が発生し、そのため右自動四輪車が破損し、原告ら三名がそれぞれ負傷を被り、斎藤医院に入院治療を受けたこと、被告利夫が原告ら主張の金員、(ただし、自動四輪車の破損修理費としては金六五、〇〇〇円)の支払をしたほか、更に、原告ら各自において、その主張の賠償保険金の支払を受けたこと、原告らの年令、職業身分関係が原告ら主張のとおりであり、また被告利夫が右貨物自動車を使用し、土建資材販売業を営んでいたこと、以上の事実はいずれも認めるが、その余の事実はすべて否認する。
ところで、被告鉄太郎は、土建資材販売業を営む訴外藤田金夫の被用者であつて、被告利夫の被用者ではなく、唯、事故当日は偶々同被告から車の運転を依頼されていたに過ぎないから被告利夫において原告ら主張の如き使用者責任を負ういわれはない。
更に、被告鉄太郎には何らの過失もない。即ち、本件事故現場は原告ら主張の如く青森市方面に向い下り坂となつた見透しの困難な右廻りカーブであつたから、右被告は該カーブにさしかかる前で警音器を吹鳴し前方から来る車に注意を与えつつ、時速を約三〇キロメートルに落して運転し、進路前方約二〇メートルの個所に原告了介の運転する車を発見してからも、直ちに、ハンドルを左にきり、急停車の措置を講じる等事故を避けるに必要な措置を完全に尽していた。これに反し、原告了介は何ら徐行することなく、時速三五キロメートルないし四〇キロメートルの速度で漫然道路中央を運転して来たもので、かような徐行及び左側通行義務違反による右原告の過失が原因となつて本件事故が誘発されたのである。
仮に、被告鉄太郎に過失があるとしても、原告了介にも右のような過失があつたからこの過失は損害賠償額を算定する際に考慮さるべきである。
ところで、本件事故に伴う損害賠償問題については、原告らが未だ斎藤医院に入院中の昭和三三年八月下旬ごろ、同医院において、被告利夫と原告らの双方が協議した際、自動車損害賠償保障法による賠償保険金を原告らにおいて、直接保険会社から支払を受けること、被告利夫は、既に支払済の原告文一郎の車の修理費金六五、〇〇〇円のほか更に原告らの同医院における治療費の支払をすることという条件で一切解決することに円満示談の成立をみた。そして、その約旨に従い前記のように原告らは、それぞれ賠償保険金の支払を受け、被告利夫は、右治療費の支払をすませたから、原告らの損害賠償請求は失当である。
仮に、右主張が容れられないとしても、本件事故は前記の如く原告了介の過失に基因して発生したものであるところ、右事故により被告利夫の使用する貨物自動車が破損し、その修理費として金九〇、五七四円を右被告は支出した。そこで、右被告は本訴(昭和三四年八月一一日の本件口頭弁論期日)において、原告了介に対する右損害賠償債権を以て、同原告の本訴損害賠償債権と対当額で相殺の意思表示をする。 請求原因二の事実中、被告利夫がその妻被告キノに対し、原告ら主張の日時にその主張の宅地を売り渡し、これを原因としてその主張の登記が経由されたことは認めるが、その余の事実は否認する。被告利夫は、右宅地のほかに別紙目録第二記載の各不動産をも所有するものである。」と述べた。(立証省略)
理由
一、損害賠償請求について。
原告ら主張の日時場所において、被告鉄太郎の運転する普通貨物自動車(秋第一す〇四三五号)と原告文一郎、同晃一郎を乗車させた原告了介の運転する小型自動四輪車(四は三一六六号)との衝突事故が発生したことは当事者間に争いなく、その結果、原告文一郎所有の右自動四輪車が原告ら主張の如く破損し、原告らがそれぞれその主張の如き傷害を負つたことは、成立に争いがない甲第一号証の五、一一ないし一三、同第一一号証の一、同第一二号証、同第一四号証の一に、原告文一郎本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したと認める同第一一、一四号証の各二及び原告了介本人尋問の結果により原告ら主張どおりの写真と認める同第二号証の一、二を総合して、これを認めることができる。
そこで、次に、右事故につき、被告鉄太郎に過失があるかどうかを判断する。成立に争いがない甲第一号証の二、五、六、一四、一七に、証人藤田金夫の証言及び被告鉄太郎本人尋問の結果(いずれも後記措信しない部分を除く。)を総合すれば、本件事故現場の道路は、有効幅員約六・三メートル、裏日本の主要幹線道路として車馬の交通頻繁な国道であるが、北東(青森市方面)より南西(秋田市方面)に走る山地の北西側傾斜地(山すそ)を切り開いて造られたもので、曲折が多く俗に七曲と称され、青森市方面に向つて秋田市方面より現場に差しかかる手前約三〇〇メートルはやや下りこう配の直線コースとなつているが、現場地点では右方に約一一〇度ないし一二〇度の内角を抱くカーブとなつており、該カーブの外側(北西)は、急傾斜のがけとなつて、約四メートル下の田園に続くが、その内側(南東)は、雑木林の連なる前記山地となつているため前方の見透しが極めて不良な状況にあり、かつ、路面に敷きつめられた小砂利が事故前夜の大雨にぬれてスリツプし易い危険があつたこと、一方、被告鉄太郎の運転する貨物自動車は、ハンドブレーキに故障はないが、フートブレーキが不整備で、二度踏まなければ、制動装置としての用をなさず、しかも、制動がきけばハンドルが右にふれる故障を有していたこと、右被告は、この故障を知りながら、右貨物自動車を運転し、青森市方面に向つて前記国道の中央より右寄りを時速約四五キロメートル以上の速度で進行し、前記カーブに入る約二〇数メートル手前で警音器を二回鳴らして事故現場に差しかかつたところ、前方約三〇メートルの距離に反対方向より進行して来る原告了介の運転する自動四輪車を発見し、あわてて急停車しようとフートブレーキを数度踏んだが、ハンドブレーキを使用せず、かつ、進路左方のがけに転落することを恐れて、ハンドルを左にきる避譲措置を講じなかつたため、右寄りに約九・八メートルスリツプを続け、その余勢を駆つて自車の右前部を右自動四輪車の右前部付近に激突させたこと、なお右被告は、普通自動車免許を受けていたが、最大積載量五トンの右貨物自動車を運転する資格は持つていなかつたこと(旧道路交通取締法施行令第五〇条第二項)、以上の事実を認めることができる。前掲証言及び本人尋問の結果中右認定に反する部分は、信を措き難く、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。
ところで、自動車を運転して右認定の如く前方の見透しが困難で、かつ、車馬の交通も頻繁な道路のカーブを進行する場合にあつては、いつ反対方向より自動車等が現れ進行して来るかも知れないから、運転者としては充分これに注意し、断続的に警音器を鳴らして、対向車に警戒を与えると共に、対向車を発見した際には、急停車して、これとの衝突を避け、又は安全にすれ違うことができるよう了め充分に減速し(この減速措置は前夜来の雨で現場付近の路面に敷きつめられた小砂利がぬれスリツプし易い状況にあつたことからも更に要請される。)、かつ、左側通行を厳守して進行すべき注意義務があるというべくまた前記貨物自動車は、フートブレーキ、ハンドルに前段認定の如き整備不良の故障があつたから、かような不良車を運転して前記場所を進行する者としては、完全整備の車を運転する場合に比し、より一層減速し、いつでも、即時停車し得る程度に徐行すべきはもち論、急停車するにあたつても、ハンドブレーキを必ず使用してフートブレーキの不備を補い、かつハンドルを左方に転じて右寄りの癖を矯正する等適宜の避譲措置を講じて装置の不備を補うように操縦すべき注意義務があるといわなければならない(もとより整備不良車を運転することは、交通取締法規の禁ずるところであるが、右法規違反の事実が、直ちに民事責任を生ずるとはいえないのであつて、民事上は当該整備不良の程度及び道路又は交通の状況を勘案し、事故発生防止に必要な注意義務を尽したかどうかが問題となり、右義務違反の事実(整備不良の程度が著しい場合には運転すること自体が右義務の違反となる。)があつて、始めて責任を問い得る訳であるから、本件にあつては、右判示の注意義務違反の有無を検討する必要がある。)。しかるに、被告鉄太郎の操縦方法をみるに前段認定の事実によれば、右被告が右判示の減速及び左側通行義務に違反したことは明らかであり、また前記カーブに差しかかる手前約二〇数メートルの所で警音器を二回鳴らしているが、この程度をもつてしては、未だに右判示の警音器吹鳴義務を尽したとはいえず、更に、急停車の措置をとるにあたつても、ろうばいの余り完全なハンドブレーキを使用せず、かつハンドルを左にきることなく終始したのは、右に判示した整備不良車運転上必要不可欠の適切な避譲措置をとるべき義務に違反したものである。もつとも、進路左方は、がけとなつており、このがけに転落することを恐れて、右被告は、ハンドルを左にきらなかつたのであるが、前掲甲第一号証の五によれば、右被告の運転する車の左側後部車輪のスリツプ痕の始点から左方のがけまで約二・五メートルの余裕があり、かつ、前段認定の如く余勢を駆つて衝突するに致るまで約九・八メートルもスリツプを続けていたから、この間にハンドルを左方にきる余地はあつたのであり、かくすれば、右寄りにスリツプすることなく衝突を避け得たか、あるいは避け得ないまでも衝突による衝撃を弱め、よつてもたらす被害を最少限に食い止めることはできたはずであろう。要するに、被告鉄太郎には、右判示の諸注意義務に違反する過失があり(前段認定の無資格運転の事実は、右の過失を推認させる一つの徴ひようとなる。)、この過失に基因して本件事故が引き起されたものというべく、従つて右被告は、右事故に伴う損害を賠償すべき義務がある。
次に、被告利夫の使用者責任の有無について、考えるに、成立に争いがない甲第一号証の二ないし四、六、七、一四、一六、一七に、被告利夫本人尋問の結果の一部を総合すれば、被告利夫は、訴外藤田金夫と共同して土建資材販売業を営み、右被告が五トン積み、右訴外人が四トン半積みの各貨物自動車をそれぞれ購入して(ただし、いずれも代金完済まで車の所有権は売主に留保されていた。)、右共同事業に使用し、その運転手として被告鉄太郎を雇い入れ、もつぱら同被告をして右四トン半積みの車の運転に従事させ、右五トン積みの車(本件貨物自動車)の方は被告利夫が自身で運転することとしていたが、必要に応じて度々被告鉄太郎にも右五トン積みの車を運転させていたこと、ところで、事故当日、被告鉄太郎は、被告利夫の命を受け、被告利夫が自家消費用に買い求めておいた薪を早口営林署から積んで右被告方まで運搬するため右五トン積みの車を運転して目的地に向つたのであるが、その途中前記場所で本件衝突事故を起したことを認めることができ、証人藤田金夫の証言及び被告利夫、同鉄太郎の各本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲採用の証拠に照らして信用し難く、他に、右認定を覆えすに足りる証拠はない。そうすると、被告鉄太郎が土建資材販売業の共同経営者たる被告利夫の被用者であることは明らかであり、被告鉄太郎は、使用者たる被告利夫のためにその命を受けて薪運搬の業務に従事中(もつとも、右薪運搬の仕事は、土建資材販売業とは直接の関係がない使用者の雑務に過ぎないが、かような雑務も被用者において使用者の命を受け、これに服従して従事する関係があれば、被用者の業務というを妨げない。)、本件事故を引き起したのであるから、被告利夫もまた使用者として被告鉄太郎と連帯(不真正)して右事故に伴う損害を賠償すべき責を負うというべきである。
よつて、進んで、原告らの被つた損害額について検討する。
(イ) 原告文一郎分
(看護人付添費)原告らがいずれも前記負傷によりその主張の斎藤医院に入院治療を受けたことは当事者間に争いなくしかして、証人山内百子、同清水潤子の各証言によれば、右入院中同証人らが看護人として付き添い、その費用金八、〇〇〇円を原告文一郎から支払を受けたことが認められる。
(医療費)原告文一郎本人尋問の結果(第一、二回)とこれにより真正に成立したと認める甲第一〇号証、同第一五号証の一、二によれば、原告文一郎は、右斎藤医院退院後も、その主張の如く昭和三三年九月末日まで浪岡病院あるいは三浦接骨院に通院治療を続け、この治療費として合計金一〇、六四五円七〇銭を支出したことが認められる。
(休業による損害)原告文一郎がりんご、薪炭等のおろし及び小売業を営んでいたことは当事者間に争いなく、しかして原告文一郎本人尋問の結果(第一、二回)とこれにより真正に成立したと認める甲第三号証の一ないし七同第四号証の一、二、同第五号証の一ないし一一、同第六号証の一ないし五六、同第七号証の一に、弁論の全趣旨を加味すれば、右営業は、営業主たる右原告が自ら采配を振り、子たる原告晃一郎、同了介等の家族員を使用し、産地のりんごを東京等の消費地に直接出張販売する等の方法を採用し、経営していたもので、原告ら主張のように月平均金七五、〇〇〇円を下らない収益を挙げていたこと、しかるに、前記負傷により右原告ら三名が一時に入院せざるを得ない憂目に遭遇し、その結果、右営業はほとんど休業状態に等しいまでの打撃を被つたのであるが、この状態は、右原告らの退院後もなお営業主たる原告文一郎が前認定のように通院治療を要した期間即ち昭和三三年九月末まで続いたことを認めることができるから、右原告は、右休業期間(一ケ月半)に得ることができた筈の少くとも金一一二、五〇〇円相当の収益を失つたものである。この点につき、右原告は、更に同年一〇月末まで休業を余儀なくされたと主張し、その援用にかかる前示甲第一一号の二(診断書)にも同年一〇月二日現在、右原告は、未だ右前肢、腰部に運動時痛みを残し、なお一ケ月以上の安静加療(温泉療法を含む)を要する旨記載されているが、これのみでは、果して、右原告が事実療養のために休業したかどうかは不明であり、そして、他に右休業の事実を認めるに足る証拠はないから、右主張は採用できない。
(慰謝料)原告文一郎本人尋問の結果(第一回)とこれにより真正に成立したと認める甲第二〇号証及び前示同第一一号証の二によれば、原告文一郎は、前記負傷により頭部に長さ約六センチメートルに及ぶ裂創のはんこんを残したうえ、現在もなお腰痛症及び坐骨神経痛等の後遺症に苦しめられていることが認められ、この事実に当事者間に争いない右原告の年令、職業及び前記負傷の部位程度等諸般の事情を考慮すれば、右原告の負傷に伴う慰謝料額は、金六〇、〇〇〇円を以て相当と認める。
以上合計金一九一、一四五円七〇銭が右原告の負傷により被つた損害額であるが、これに対し、原告ら主張の賠償保険金一〇〇、〇〇〇円が支払われたことは当事者間に争いないからその残損害額は金九一、一四五円七〇銭となる。
(自動車の損害)原告文一郎本人尋問の結果(第一、二回)とこれ(第一回)により真正に成立したと認める甲第九号証によれば、右原告所有の自動四輪車が前記の如く破損した結果、右原告は、金二二九、〇二四円相当の損害を受けたことを認めることができるが、これに対しては、被告利夫から右原告に金六五、〇〇〇円を支払つていること(そのうち金五〇、〇〇〇円の支払については当事者間に争いない。)が、証人藤田金夫の証言、被告利夫本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によつて認められるから、その残損害額は、金一六四、〇二四円である。
結局、右原告の被つた損害の現存額は、右各残額の合計金二五五、一六九円七〇銭となる。
(ロ) 原告晃一郎分
(休業による損害)前示甲第一号証の二、同第一二号証と原告文一郎本人尋問の結果(第一、二回)により真正に成立したと認める同第七号証の二に、右本人尋問の結果、証人山内百子の証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告晃一郎は前記のように父の営業に従事し、月金二〇、〇〇〇円の給料を父から得ていたものであるが、前記負傷により約一ケ月間就業し得なかつたことを認めることができるから、右原告は、右期間に得べかりし給料金二〇、〇〇〇円を喪失したものである。右原告は、その後もなお一ケ月間就業し得なかつたと主張するが、右主張の事実を認めるに足る証拠は一つも存しない。
(慰謝料)当事者間に争いない右原告の年令職業及び前記負傷の部位、程度等諸般の事情を考慮すれば、右原告の負傷に伴う慰謝料額は、金一五、〇〇〇円を以て相当と認める。
以上合計金三五、〇〇〇円が右原告の被つた損害額であるが、これに対し,原告ら主張の賠償保険金二七、六九六円が支払われたことは当事者間に争いないから、その残損害額は、金七、三〇四円となる。
(ハ) 原告了介分
(医療費)原告文一郎本人尋問の結果(第一、二回)とこれにより真正に成立したと認める甲第一三号証によれば、原告了介は、その主張のように前記負傷による医療費金三、七九五円を浪岡病院に支払つたことが認められる。
(休業による損害)前示甲第一号証の一三、同第一四号の一、二と原告文一郎本人尋問の結果(第一、二回)により真正に成立したと認める同第七号証の三に、同結果及び原告了介本人尋問の結果を総合すれば、原告了介は、その主張のように前記父の営業に従事し、月金二〇、〇〇〇円の給料を得ていたところ、前記負傷の結果、その主張のように二ケ月半就業し得なかつたことを認めることができるから、右原告は、右期間に得べかりし給料金五〇、〇〇〇円を喪失したものである。
(慰藉料)前示甲第一四号証の二と原告了介本人尋問の結果によれば、右原告は、前記負傷により顔面耳部に約一センチメートルから五センチメートルに及ぶ裂創はんこん四ケ所を残したうえ、今なお時々腰や額が痛むことを認めることができ、この事実に当事者間に争いない右原告の年令、職業及び前記負傷の部位、程度等諸般の事情を考慮すれば、右原告の負傷に伴う慰謝料額は、金六〇、〇〇〇円を以て相当と認める。
以上合計金一一三、七九五円が右原告の被つた損害額であるが、これに対し、原告ら主張の賠償保険金六九、六〇〇円が支払われたことは当事者間に争いないから、その残損害額は金四四、一九五円となる。
ここで、被告らの過失相殺の抗弁について考えるに、本件事故現場の道路又は交通の状況及びここを進行する自動車運転者に必要とされるべき事故防止上の諸注意義務については前判示のとおりであるが、成立に争いがない甲第一号証の五、八ないし一〇、一五に原告文一郎(第一回の一部)、同了介の各本人尋問の結果を総合すれば、原告了介は、前記自動四輪車を運転して、秋田市方面に向い、前記国道を左側に寄りつつ時速約二五キロメートルないし三〇キロメートルで進行し、前記カーブに差しかかる手前で警音器を二回鳴らしたが、速度はそのまま変えずに進行を続け、右カーブの曲り角を通過しようとした際前方約三〇メートル余の距離に反対方向より進行して来る被告鉄太郎運転の前記貨物自動車を発見し、直ちに、急停車の措置をとつたが及ばず、約四・五メートルスリツプを続け、ほとんど停車しようとしたところで右貨物自動車と衝突したことを認めることができ、原告文一郎本人尋問の結果(第一回)中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、原告了介が左側通行義務を守つていたことは明らかであるが、右カーブに差しかかる際、その手前で二回警音器を鳴らしたのみで何ら減速することなく漫然同一速度を持して進行を続けたのは、右判示の警音器吹鳴及び徐行義務に違反したものというべく、この過失も本件事故の一因たるを免れない(即ち右原告が断続して警音器を鳴らしていたなら、被告鉄太郎としても事前に右原告の車が対向して来るのに気付き、そこで、直ちに急停車もしくは徐行等の措置に出たと予想され、また右原告がもつと速度を緩め徐行していたならば約四・五メートルもスリツプすることなく停車できたはずであり、かくすれば、本件事故を防ぎ得たか、あるいは被害程度を少くすることはできたとみられる。)。ところで右採用の各証拠によれば、右事故は、原告文一郎の被用者たる原告了介がその業務に従事中引き起したものと認められるが、過失相殺の規定を適用するに際しては、使用者たる原告文一郎に対する関係でも右のような被用者の過失を被害者側の過失とみてしん酌すべきものと解するから、右原告了介の過失を同原告及び原告文一郎の両名に対する関係でしん酌し、原告了介の前記損害賠償額は、金四〇、〇〇〇円、原告文一郎の前記損害賠償額は、金二三〇、〇〇〇円とそれぞれこれを減額するのが相当と認める。
次に、被告らは、本件損害賠償問題について、示談が成立したと抗弁し、被告利夫本人も右にそう供述をしているが、この供述は、後記採用の証拠に照らして信用できず、かえつて、被告利夫名下の印影部分の成立に争いないことにより真正に成立したと推定する甲第八号証に、証人島田一美、同藤田金夫の各証言及び原告文一郎本人尋問の結果(第二回)を総合すれば、被告利夫は、その主張の条件で原告らと示談したいと願い、右証人両名に依頼して斎藤医院に入院中の原告らの許へ赴かせ、原告らと示談の交渉にあたらせたのであるが、双方の希望条件が折り合わず、示談の成立をみるに致らなかつたことを認めることができるから、右抗弁は採用の限りでない。
最後に、被告らの相殺の抗弁についてみるに、被告利夫は前判示の如く使用責任者として原告了介に対し損害賠償債務を負担するが、かような使用者の債務も民法第五〇九条にいう「債務カ不法行為ニ因リテ生シタ」ものに該当すると解すべきであるから、右被告が右債務を受働債権としてなす相殺は、同法条に反し許されないものというべく、従つて右相殺の抗弁は、爾余の判断をするまでもなくこの点で既に理由がない。
要するに、被告利夫、同鉄太郎は、連帯して、原告文一郎に対し、前記金二三〇、〇〇〇円に、原告晃一郎に対し、前記金七、三〇四円に、原告了介に対し、前記金四〇、〇〇〇円にそれぞれ本件訴状の右被告らに対する送達後であること記録上明らかな昭和三三年一二月二四日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を付加して支払う義務がある。
二、詐害行為取消請求について。
被告利夫がその妻被告キノに対し、昭和三一年四月一日付で別紙目録第一記載の宅地を売渡し、これにつき原告ら主張の登記が経由されたことは当事者間に争いない。
ところで、原告らの債権は、いずれも前判示の如く昭和三三年八月一六日の事故により発生したもので、右売買契約時にはまだ存在しておらず、従つて、右契約が右未存在の各債権を害するということはあり得ない訳であるから、これを詐害行為とみてその取消と前記登記の抹消登記手続を求める原告らの請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がないといわなければならない。
三、結論
以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、右に判示した正当な部分に限りこれを認容し、その余の部分は、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文に則り、仮執行宣言は、これを付するを相当でないと認めて、主文のように判決する。
(裁判官 野村喜芳 福田健次 佐藤邦夫)
目録
第一 能代市字機織轌ノ目一二〇番の二 宅地 二五坪七合六勺
第二 能代市字中谷地六九番 田 八畝一五歩内畦畔七歩
同所七〇番 田 九畝三歩内畦畔八歩
同所七一番 田 八畝二三歩内畦畔八歩
同所七二番 田 八畝一五歩内畦畔七歩
同市鵜ノ沢二四番 田 五畝八歩内畦畔四歩
同所三七番 田 一反九歩内畦畔九歩
同所三八番 田 一反九歩内畦畔九歩
同所三九番 田 一反九歩内畦畔九歩
同市字機織轌ノ目二六番の九 畑 七畝一〇歩 右のほか家屋一棟